第3回 育児休業改正について
少し更新に間が空いてしまいましたが、今回で育児休業に関連するコラムは最終回です。
最終回では、過去の判例や、育休取得促進にあたってのメリット・ポイント、くるみんマーク、そして代表的な助成金の制度についてご紹介します。
判例
育児・介護休業法第10条において、
「事業主は労働者が育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇、その他不利益な取り扱いをしてはならない。」
と定められています。
今回は、この条文に関連する判例をご紹介します。
【事件名】
医療法人稲門会事件(大阪高裁平成 26.7.18 判決)
【概要】
「3か月の育児休業をとった男性看護師において、所属する法人の育児休業関係規定に基づき、翌年度の昇給が行われなかったこと、昇格試験の受験資格を認めなかったこと」が違法とされました。
【背景】
○ A法人が運営する病院に勤務していた男性看護師Bが、3か月の育児休業を取得しました。
○ A法人の育児介護休業規定では,3か月以上の育児休業を取得した場合は、その翌年度の定期昇給時に職能給を昇給させないと定めていました。
○地裁は、昇格試験受験の機会を与えなかった行為のみ不法行為に当たると判断し、Bが控訴して高裁で争われました。
【論点】
○ 育児介護休業法では,事業主は,労働者が育児休業を取得したことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないとされています。
○ 本件では,A法人の育児介護休業規定を根拠に,3か月の育児休業取得を理由として職能給を昇給させなかったことが、労働者に対する不利益な取扱いに該当するかどうかが問題になりました。
【判決】
- 育児介護休業法10条の趣旨について、次のように判断されました。
育児介護休業法10条は、事業主は労働者が育児休業を取得したことを理由に解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨定めている。実際の取扱いで同法が労働者に保障した育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合は、公序に反する不法行為として違法になるものと解するのが相当である。
- 本件育児介護休業規定の適法性については、次のように判断されました。
本件育児介護休業規定は,1年の4分の1にすぎない3か月の育児休業により他の9か月の就労状況にかかわらず職能給を昇給させず、育児休業を他の私傷病以外の欠勤,休暇,休業よりも*合理的理由なく不利益に取り扱うものである。このような取扱いは合理性を欠き、育児休業取得者に無視できない経済的不利益を与え、育児休業取得を抑制する働きをするものであるから同法10条に禁止する不利益取扱いに当たり、かつ同法が労働者に保障した権利を抑制し、ひいては同法の趣旨を実質的に失わせるものであるから,公序に反し無効というべきである。
*就業規則の昇給の欠格要件は「3か月の不就労」ですが、私傷病を除く欠勤、休暇、休業などの期間は含まない取扱いとしていました。つまり、同じ不就労でも遅刻早退、年次有給休暇等は欠格要件の3ヶ月に含まれないことを指摘して、育児休業を上記欠勤、休暇、休業に比べて不利益に取り扱っているとしました。
- 本事件の結論
Bの請求を認めなかった第一審判決を変更し,A法人がBの職能給を昇給させなかったこと並びに昇格試験の受験資格を認めなかったことは不法行為として違法であると判断し,Bの請求を認めました。
育児休業取得によるメリット
ここまでで、育児休業を取得させるべきという風潮が高まってきていることはお分かりいただけたかと思います。
それでは、育児休業を取得させることで何かメリットがあるのか、一部ではありますが、こういった側面があるのでは、と考えられる点を紹介させていただきます。
会社にとってのメリット
企業の姿勢をPR
育児休業取得に積極的に取り組むことで、「社員とその家族を大切にしている」姿勢を示すことができ、社内だけでなく対外的な企業イメージの向上も期待できます。これにより、求人への応募者増加・人材確保にもつながっていくと考えられます。
社員のエンゲージメントとモチベーションアップ
社員の育児休業取得に対する希望を積極的に叶えることで、社員のエンゲージメントアップが期待でき、生産性や定着率の向上につながります。また、育児休業を取得することで、社員の家庭での生活が豊かになり、仕事のモチベーションアップにも寄与し、良い循環が生まれるのではないでしょうか。
業務の効率化を行うチャンス
後述の「労務管理」で記載します。
従業員にとってのメリット
仕事への良い影響
家庭を大事にする時間をしっかりとることで仕事へのモチベーションアップになるでしょうし、育児と仕事の両立をする中で、限られた時間を大事にする意識が高まり、業務効率を向上させられたといった声もあります。
職場への復帰
共働き世帯が6割を超える中、夫も育児休業を取得し、家事・育児を全て担当できるようになり、心理的・体力的な負担が減って妻がスムーズに職場復帰できたという例もあり、夫婦ともに育児休業を利用することで家庭と仕事の両立を後押しすることが出来ると考えられます。
労務管理
労務管理は、育児休業促進にあたり、課題の1つとなってくるでしょう。
育児休業取得によって、休業を取る社員の仕事を、他の人がやらなくてはいけなくなるため不満が増える・残業が増える、などの悩みも出てきがちです。
しかし、視点を変えれば業務の効率化、共有体制の確立を行うチャンスでもあると思います。
属人的な業務(その人でないと分からない、出来ないといった仕事)を洗い出して、その内容やフローを見える化し、チーム・社内で情報の共有化、業務の再分配を進められれば、残業時間減少、コスト削減にも繋がる機会です。
労働時間を適切に管理
基本的なことですが、現状の把握は大切です。
また、残業が多く発生しているのであれば何が原因か、どのような対策が必要か、 仮説を立てて改善にむけて行動していくことが重要です。
業務分担の適正化
特定の人へ業務の負担が偏っている場合は、業務分担の見直しも検討すべきでしょう。
仕事の内容、フロー、その人の適性などを考慮したうえで、定期的に見直し、適正化に努めていくことがポイントです。
担当以外の業務を知る
属人的な仕事がベースになってしまうと、社内である人が欠けたとき、その人の仕事において不明点が続出するなど、大幅な業務効率のダウンになります。また、スキルの面でもその人に頼りきりであった場合、代わりの人がおらず、業務がストップしてしまう恐れもあります。もちろん、各個人の強みを生かし、その人ならではの仕事をすることは社内にとっても顧客にとっても大きな強みであると思いますが、業務の共有が全くできていないことはのちに大きな問題となってしまいかねません。
ですので、担当以外の業務を知り、共有していく体制を作ることも重要です。
スケジュールの共有化
育児休業に限らず、急にやむを得ず休んでしまうことや、突然の入院などで長期の休業に入ってしまう可能性もあります。
そのような際に、スケジュールをお互いに共有しておけば、休みを取った従業員の業務をカバーしたりスムーズに引き継いだりすることができます。また、個人ごとの大まかな業務量などを知ることもでき、前述の業務の適正な分担にも活かせるでしょう。
無駄な業務を省く、効率的にする
どういった業務にどの程度時間が掛かっているかを知ることはとても重要です。
例として、会議は大幅な時間をとってしまうことも多いかと思います。当然、重要な事項について検討が必要であったり、共有しておくべき事項もあったりするかと思います。一方で、むやみに長時間を会議に費やしてしまうことで他の業務を圧迫してしまい、残業につながる、業務効率を低下させる、など結果的に育児休業を取得させることが困難な状況にもなりかねません。
何について話し合うのかを明確にする、時間を厳守する、などすぐにできることから取り組んでみてはいかがでしょうか。
くるみんマーク
くるみんマークをご覧になったことはありますか?
くるみんマークをはじめ、下記で紹介するマークは、“次世代育成支援対策推進法”に基づき、「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定を受けた証です。
この認定を受けると該当のマークを下記のものに付すことができるようになります。
- 商品又は役務
- 商品、役務又は一般事業主の公告
- 商品又は役務の取引に用いる書類又は通信
- 一般事業主の営業所、事務所その他事業場
- インターネットを利用した方法により公衆の閲覧に供する情報
- 労働者の募集の用に供する広告又は文書
【くるみんマーク】
令和4年4月1日から認定基準等が改正されています。
「子育てサポート企業」として厚生労働大臣(都道府県労働局長へ委任)の認定を受けた企業が使えるマークです。
- 男性の育児休業取得率10%以上
- 男性の育児休業等・育児目的休暇取得率20%以上
などが要件に含まれています。
【プラチナくるみんマーク】
令和4年4月1日から認定基準が改正されています。
くるみん認定企業のうち、より高い水準の取組を行い、優良な「子育てサポート企業」として特例認定を受けた企業が使えるマークです。
- 男性の育児休業取得率30%以上
- 男性の育児休業等・育児目的休暇取得率50%以上
- 出産した女性労働者、及び出産予定だったが退職した女性労働者のうち、子の1歳時点在職者割合が70%以上
などが要件に含まれています。
【トライくるみんマーク】
令和4年4月にスタートしたマークです。
- 男性の育児休業取得率7%以上
- 男性の育児休業等・育児目的休暇取得率15%以上
などが要件に含まれています。
【くるみんプラス、プラチナくるみんプラス、トライくるみんプラスマーク】
令和4年4月にスタートしたマークです。
次世代育成支援対策推進法に基づき、不妊治療と仕事との両立にも取り組む優良な企業として厚生労働大臣(都道府県労働局長へ委任)の認定を受けた企業が使えるマークです。
- 受けようとするくるみんの種類に応じた認定基準を満たしていること
- 不妊治療のための休暇、不妊治療のために利用することができる、時差出勤、フレックスタイム制、短時間勤務、テレワークなどの制度などがあること
などが要件に含まれています。
マーク取得によるメリット
- 企業のブランドイメージの向上によって人材確保につながることが期待できます。求職活動を行っている方の中には、このマークを取得している企業かどうか、といった視点を持っている方も多いのではないでしょうか。
- 「くるみん認定」「プラチナくるみん認定」を受けた中小企業に対し、上限50万円の助成金を支給する「中小企業子ども・子育て支援環境整備助成事業」が実施されています(令和3年10月から令和9年3月まで)。
- くるみん認定企業やプラチナくるみん認定企業は公共調達で加点評価の対象となり、有利になります。
育児休業に関連する助成金
- 申請すれば必ず受給できる訳ではなく、審査を受け、受給資格を認められた際に受け取れるものです。
- 要件等は省略して簡潔に記載しています。また、助成金の種類・金額・要件等は随時変更されますので詳しくは厚生労働省のホームページ等でご確認ください。
出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)
男性の育児休業取得を促進する助成金です。
男性労働者が育児休業を取得しやすい雇用環境整備や業務体制整備を行い、育児休業を取得した男性労働者が生じた事業主に支給されます。
第1種:支給額20万円(その他加算あり)
男性労働者が連続5日以上の出生時育児休業(産後パパ育休)を取得することのほかに、雇用環境整備の措置を複数行っていること、代替労働者の業務見直しの規定、体制の整備を行っていることなどが要件です。
第2種:支給額20~60万円
第1種の助成金を受給していることが必須で、第1種の申請をしてから3事業年度以内に、男性労働者の育児休業取得率が30%以上上昇していること、育児休業を取得した男性労働者が、第1種申請の対象となる労働者のほかに2名以上いることなどが要件です。
育児休業等支援コース
I 育休取得時(A)、職場復帰時(B):支給額各28.5万円(Bのみの申請は不可)
「育休復帰支援プラン」を作成し、プランに沿って労働者の円滑な育児休業の取得・職場復帰に取り組み、育児休業を取得した労働者が生じた中小企業事業主に支給されます。
また、(A)の育児休業は連続3か月以上の取得が要件の1つです。(B)では原職等に復帰した後、雇用保険被保険者として6か月以上継続雇用していることも要件となっています。
II 業務代替支援:10万円または47.5万円(その他加算あり)
育児休業取得者の業務を代替する労働者を確保し、かつ育児休業取得者を原職等に復帰させた中小企業事業主に支給されます。
III 職場復帰後支援:28.5万円(その他、制度利用時にも支給あり)
育児休業から復帰後、仕事と育児の両立が特に困難な時期にある労働者のために、法を上回る制度(“有給・時間単位の子の看護休暇”や“保育サービス費用補助制度”等)の導入などの支援に取り組み、利用者が生じた中小企業事業主に支給されます。
今回のコラムは以上となります。
3回にわけて育児休業に関するコラムを掲載してまいりました。ご覧いただきありがとうございました。
「育児休業等期間中の社会保険料の免除について」の特別コラムも参考にしてください。
引き続き様々なトピックスでのコラムを掲載してまいりますので、ぜひ今後ともチェックしてください。