労働基準監督署の是正勧告について
~是正勧告書と指導票~
労働基準法などの労働関係法令に違反した場合、企業は厳しい取り締まりを受けます。その一例として挙げられるのが、「是正勧告」です。
労働基準監督署の立ち入り調査の結果、明らかな法令違反が見つかった場合には「是正勧告」、法令違反とまでは言えないものの改善することが望ましい場合は「指導」が出されます。
是正勧告の場合は「是正勧告書」、指導の場合は「指導票」が交付されます。


労働基準監督署の調査
労働基準監督署が行う調査を『臨検監督』と言います。「臨検」とも呼ばれます。
「労働者の雇用・賃金・安全・健康を確保すること」を目的とし、具体的には、労働基準法・労働安全衛生法・最低賃金法といった労働関係法令に違反していないかを調査・確認し、違反があれば是正させます。
労働基準監督署の調査(臨検監督)には、定期監督、災害時監督、申告監督などがあります。
労働基準監督官の権限
調査を行う労働基準監督官は、会社が労働法に違反していないかを強制的に会社に立ち入り調査(臨検)する権限が与えられており、更に「臨検」により会社が法律違反をしていることが判明すれば、司法警察官として逮捕、送検することができる権限を持っています。

●労働基準監督署の是正勧告とは
是正勧告とは、労働基準監督署の立ち入り調査の結果、労働関係法令に違反している事項が見つかった場合に企業へ改善を求めることを言います。
是正勧告の際には「是正勧告書」が交付され、交付された企業は、指定された期日までに法令違反の状態を解消・改善し、労働基準監督署に「是正報告書」を提出しなければなりません。
●是正勧告に従わないとどうなる?
是正勧告は行政指導であって法的拘束力は持ちません。そのため、是正勧告に従わないことを理由に罰則を受けることはありません。
ですが、労働基準監督官から法令違反の事実があると指摘されている状況に変わりはないため、勧告を無視してそのままの状態を続けていると、次のような事態になりえます。
企業名の公表
一定の法令違反が認められる企業は、社名が公表される可能性があります。
公表の対象となる企業は、以下のように定められています(平成29年1月20日基発0120第1号)。
複数の事業場を有する社会的に影響力の大きい企業(中小企業に該当しない企業)であって、概ね1年程度の期間に2ヶ所以上の事業場で、次の実態が認められる企業
- 1事業場で10人以上又は4分の1以上の労働者について、あるいは過労死等の被災労働者について、1ヶ月あたり80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ、労働時間関係違反の是正勧告等を受けていること
- 重大悪質な労働時間関係違反等が認められること
社名が公表されれば、企業の社会的信用は低下し、企業イメージが大きくダウンします。

検察庁への送検
勧告の事由は法令違反に該当する事実であるので、刑事事件に発展するおそれがあります。
労働基準監督官は前述のとおり「司法警察官」にあたるため、“何度是正勧告をしても改善の意思がみられない”“是正勧告に対して虚偽の報告をした”といった重大・悪質な事案に対しては、事業主を逮捕・送検することが認められています。
刑事事件に発展した場合は、労働基準監督官が司法警察権を発動し送検手続きをとる可能性があります。送検手続きがとられると、起訴をされ、裁判で有罪判決が下されるおそれがあり、有罪となれば、罰金や懲役などの刑事罰が課されます。

このように是正勧告に従わないことは企業にとって大きなリスクとなります。是正勧告を受けたら放置せず、速やかに対処する必要があります。

●是正勧告で多く指摘される事例
是正勧告の対象となるものの多くは、労働基準法・労働安全衛生法・最低賃金法などに違反しているものです。
是正勧告が出される主な違反例は下記のとおりです。
労働時間 | ・36協定の締結・届出をせずに、1日8時間、週40時間を超える時間外労働や、休日労働をさせている ・36協定や特別条項付き36協定で定められた時間外労働の上限時間を超えて労働させている ・サービス残業をさせている |
賃金、割増賃金 | ・未払いの残業代がある ・時間外労働や休日労働、深夜労働について、正しい割増賃金が支払われていない ・地域別最低賃金、産業別最低賃金より低い賃金を支払っている |
年次有給休暇、休日、休憩 | ・法定の年次有給休暇を付与していない ・有給取得の申し出を拒否する ・法定休日(週1日、4週4日以上)に休ませていない ・休憩時間を与えていない |
就業規則 | ・常時10人以上の労働者を雇用する企業で、就業規則の作成・届出を行っていない ・就業規則に絶対的必要記載事項(労働時間、賃金、退職など)や相対的記載事項(退職金、表彰・制裁など)の記載がない ・就業規則が周知されていない |
法定帳簿 | 労働者名簿、賃金台帳、出勤簿等の作成と保存をしていない |
安全衛生管理体制 | 法定の要件を満たす事業場で、産業医や衛生管理者、安全管理者、総括安全衛生管理者などを選任していない |
健康診断 | ・雇入れ時と年1回の健康診断、特定業務従事者への6ヶ月に1回の健康診断を実施していない ・特定の有害業務を常時従事する従業員に対し、特殊健康診断やじん肺健診、歯科医師による健診などを行っていない |


●是正勧告書と是正報告書
労働基準監督署による調査による是正勧告を受けると、是正勧告書が交付されます。是正勧告書には、主に違反事項とその根拠条文・是正期日等が記載されます。
是正勧告書が交付された場合、企業は是正期日までに違反事項を改善し、その内容を「是正報告書」として労働基準監督署に報告しなければなりません。


●是正報告書の作成ポイント
1. 是正・改善措置の内容をできるだけ具体的に記載する
是正勧告書で指摘された事項に対して適正に対処し改善したことが、しっかりと伝わることが重要です。「何に対しどのような対応をしたのか」「今後具体的にどのような対策をとるのか」等、是正内容を具体的に記載して違反事実が解消されたことを明確に記載します。
「今後注意します」「なんとかします」などの漠然とした表現は避けなければいけません。
2. 文章で表現しにくい事項は写真や別途資料を添付する
添付資料による報告が望ましい場合
① 設備取付や機械修繕、掲示物の状況などを示す場合 ⇒ 写真など
② 各種規定や契約書面など新たに書類を作成した場合 ⇒ 作成した書面の写し
③ 不足賃金などを労働者に支給した場合 ⇒ 受領書、振込明細などの写し
3. 任意の様式でもよい
是正報告書には所定の様式がないため、任意の様式で作成・報告することができます。
ただし、下記の事項は必ず記載します。
- 報告先の監督署名、報告者の名義(職氏名)
- 監督署からの指摘事項とそれに対する是正・改善措置の具体的な内容
- 是正改善完了年月日
4. 提出期日
是正報告書は、指定の期日までに、その指摘内容を改善し報告・提出しなければなりません。しかし、未払い残業代の支払いや就業規則の作成など、その対処に相当の時間がかかり指定の期日までに間に合わない場合も考えられます。期日までの提出が難しければ、事前に労働基準監督署に申し出、対応を相談します。それまでの進捗状況や今後の対応予定を踏まえた上で、報告期日を延長してもらえる場合があります。


●指導票
指導票とは、労働基準監督官による調査の結果、労働法令に違反する事実は確認できないものの、改善することが望ましい事項について作成・交付される書面です。例えば、36協定の範囲は超えていないが、長時間労働が続いているような場合に交付されます。
指導票と是正勧告書の違い
指導票交付時には、労働関係法令違反は認められないため、労働法令違反の事実が確認された場合に交付される是正勧告書とは性質が異なります。指導票には法的拘束力はなく、是正勧告書と比べても効力的にはそれほど強いものではありません。
指導票への対応
拘束力は低いとはいえ、指導票についても、指摘された事項の改善状況について、報告をしなければなりません。明らかに法律に違反しているという状況ではないため、もちろん改善できるものであればそのことを報告することが望ましいですが、改善途中であるといった報告や、今後の検討事項にするなどの報告でも構わない場合もあります。
報告を怠った場合には、改善状況の確認のために、再調査がなされる可能性もあるため、対応が必要です。

指導票は、
・過重労働による健康障害防止措置が不十分なため改善を指導したもの
・内、時間外労働を月80時間以内に削減するよう指導したもの
など、過重労働・長時間労働に関する事項について多く出されています。指導票は是正勧告書以上に交付されているケースが多いのが実情です。
指導票を受けた場合には、今後も定期的に監督がなされ、改められていない場合には是正勧告の対象となる可能性もあります。法令違反ではないからと放置せず、改善に向けて適切な対応を取ることが必要です。
